牧師メッセージ

                   2014年  2月



〜 ルールを破らなければならない時もある 〜 (2/2)
 タマルはやもめの着物を脱ぎ、ベールをかぶって身なりを変え、ティムナへ行く途中のエナイムの入り口に座った。シェラが成人したのに、自分がその妻にしてもらえない、と分かったからである。    …彼女はこうして、ユダによって身ごもった。
創世記 38章 14,18節
 タマルは娼婦に変装し、姦淫によって舅ユダの子どもを妊娠しました。普通なら許されることのない行為ですが、この場合は例外です。ユダはアブラハム、イサク、ヤコブの子孫として、神様の祝福を受け継ぎ、さらに子孫を残していかなければなりませんでした。しかしユダはそれを怠っていたのです。きわどい方法でしたが、タマルはユダの子孫が絶えてしまうことを防いだのです。




〜 主がヨセフと共におられ 〜 (2/9)
 主がヨセフと共におられ
創世記 39章 2,3,21,23節
 主が共いてくださるというのは、辛いことや理不尽なことが全く起こらないということではありません。主は共にいて、辛い現実に立ち向かっていくことができるように力を与えてくださったり、不思議な方法で良い道へと導いてくださったりなさるのです。




〜 慰めの教会を目指して〜 (2/16)
 皆一つの体となるために洗礼を受け
 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。
 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
コリントの信徒への手紙一 12章 13,21,26節
 慰めの教会を目指して、私たちは一つとなりましょう。
 慰めの教会を目指して、お互いの奉仕を尊重しあいながら、自分にできる奉仕をささげましょう。
 慰めの教会を目指して、想像力を働かせて苦しみと喜びを共感しあいましょう。




〜 それも無駄にはならない 〜 (2/23)
 「あなたがそのように幸せになられたときには、どうかわたしのことを思い出してください。」……ところが、給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまった。
創世記 40章 14,26節
 忘れられた二年間。この二年間は、決して無駄な時だったのではありません。機が熟すために必要な期間だったのです。神様のご計画が実現するために、ヨセフは忍耐の二年間を過ごされなければならなかったのです。